あ~どうのプロフィール 

あ~どう

こんにちは、サイト運営者のあ~どうです!

あ~どうの後悔先に立つブログでは、俳優活動をしていく中でよりよく活動、生活していくためのノウハウを中心に発信しております。

本業にできてない俳優の生活全般の節約術、副業、演技のテクニック、中国語学習と勉強することのメリットを主に解説していますが、たまに気ままな記事も書いてます。

あ~どうの経歴

  • プロ野球選手になりたくて甲子園常連校に進学し野球に打ち込む→肩を壊し1年で引退、挫折
  • 大学で中国語に打ちこむ
  • 就活の際、なんとなくの先が見える人生が嫌になり俳優の道に進む
  • 5年目で中国映画のメインの役に抜擢される
  • 日本でも単発であるがドラマに出演する機会が増える
  • 環境面や待遇面で日本での俳優活動に限界を感じる
  • 映画出演をきっかけに仲良くなり有名になった中国人俳優が独立したので、その事務所へ移籍
  • ビザの関係もあり仕事がある時だけ中国で撮影
  • 現在コロナ禍で派遣として働きながら、プログラミングや副業を始める
あ~どう

俳優活動は日本で11年、中国で4年

ザッとではありますが、生まれてから現在にいたるまでの経歴を語っていきます。

出身地

あ~どう

生まれは神奈川県の横浜市

小さい頃は気性が荒かったようで、私を連れて遊びに出かけると周りの親御さんは子供を連れて逃げたとか。理由は何もしていないのにいきなり押し倒したりして迷惑をかけていたから。

記憶にないけどすいませんでした(・_・;)

特に取り柄もなく、近所の仲良かった友達のマネばかりしていた記憶があります。幼稚園の工作とか欲しい物とか友達が作っているものを真似たり、同じものを欲しがったりと無個性まっしぐらな幼少時代でした。

小学校~高校

小学校時代に野球と出会う

小学2年生の後半にクラスメートのお母さんに誘われて3年生になったのを機に少年野球を始める。

運動神経も普通くらいで、レギュラーには程遠かったですがコーチから

コーチ

腕をたたんで打ちなさい

と言われたことで開眼。

4年生からはずっと4番バッターとして活躍。その頃から自分は絶対にプロに行くんだと思っていて野球の練習に明け暮れる。小学生で170cmに達し、怒りっぽい性格でもあったため「桜木花道」にそっくりと言われる。

晴子さん的存在の子もいて、何度か告白するもそのたびに振られる。

あ~どう

ちなみに始めて告白した場所は「高床式住居」

中学で後悔を味わう

地元の中学の野球部が強く3つ上の先輩が全国大会に出場し、推薦をもらっていたのでそのままなんの疑問も持たずに地元の中学で軟式野球を継続。野球漬けの日々に明け暮れる。

同級生は野球がうまかったので全国に行けると思っていたが、周りがほとんど中2病にかかり部活崩壊。しかし、プロへの道に進む目標は変わらなかったので1人黙々と練習は行なう。

あ~どう

今でもシニアで野球をしなかったことはいろんな意味で後悔しています。

ほぼオール5だったというイチローに憧れて文武両道を目指し成績もそれなりによかったが、美術と技術家庭が壊滅的にダメで取れても2か1。9教科だと公立で上から3番目くらいの高校に行ける成績。

高校で野球ができなくなり挫折

甲子園常連校に入学するも早々に肩が壊れている事が発覚し断念。投げると肩が脱臼するという状態で、全く投げることができなくなる。

人生の目標を失う・・・

しかも先輩達は甲子園春夏連覇、公式戦無敗という快挙を達成。

あ~どう

間近で自分との大きな差を感じ半自暴自棄となりました

グレはしなかったものの、高校生活はダラダラと過ごす。

その結果、喫煙や中免取得が発覚し危うく退学になりそうになる。

運良く学校関係者の知り合いに口を利いてもらい、なんとか無期停学にとどまる。(原付免許取得でも1発退学の高校)

このままじゃヤバいと感じ、3年から受験勉強を開始するもとき既に遅し・・・結局2浪することとなる。

大学時代~俳優をやるまで

大学は中国語を中心の生活

志望校だった早稲田大学に見学に行った際、中国人留学生と知り合ったことがきっかけで、大学では中国語に励む。

長期休みの度に中国、台湾に勉強(遊び?)しに行き、4年間すべての中国語科目でA評価を得る。

ちなみに早稲田には行けませんでしたが、大学でずっと付き合っていける友人と巡り会えたので後悔してません。

就職活動時にふと転機が訪れる

大学4年生の就職活動の際、バンドマンだったクラスの友達に「あ~どうはこのまま普通に就職するの?」と何気なく言われたことをきっかけにこれからの人生を考えるようになる。

あ~どう

自分は何がやりたいんだ?

中国語を活かして仕事をしたいけれど、普通に就職して毎日電車で疲れ切って寝ているサラリーマンのような生活をして、結婚して子供を育てて・・・

なんかこの先の人生が容易に想像できてつまらないな。そう考えた時になんか悲しくなったのです。

あ~どう

自分の本当にやりたいことはなんだろう?そういえば俺、プロ野球選手になりたかったんだよな・・・

自分が納得する人生を送らないと過去の自分にも申し訳ない。こんな思いのまま就職をして、将来あの時別の行動してたらどうだったんだろう?と考えるようなことはどうしてもしたくかった。

そう考えた時にふと「俳優をやりたい!」という考えが生まれました。

今言われても理由は分からないのですが、一ヶ月ほど悩んだ挙げ句に一過性の気持ちではないとなぜか確信を抱くようになっていきました。

あ~どう

やらないで一生後悔するくらいならやって失敗した方がいい!自分の気持ち次第でやり直しはいくらでも可能だ!

そんな気持ちがどんどん強くなっていきました。

ただ、俳優を目指すにしても1つは内定が欲しかった。

「一つも内定をもらえなかったから仕方なくだったんじゃないの?」と思われたくもなかったので、就職活動は続けました。

あ~どう

一つでもいいから内定をもらって、それを自らの手で捨てよう。

そうすれば中途半端な気持ちで俳優を目指すこともなくなるだろうという思いもありました。

かなり大変ではありましたが、幸いにも商社から1つ内定を頂くことができました。内定をいただいてすぐに事情を話し丁重に内定を辞退させてもらいました。

ずっと雑談をしていただけだったので、何を基準に選んでいただいたのかわかりませんが、本当に内定をいただけた時は嬉しかったです。

あ~どう

今でもその時にいただいた内定通知書は大切にとってあります。

俳優を始めて~現在

どうすれば役者になれるの?

無事(?)に内定を辞退することができ、俳優になる道を選んではみたもののどうすれば俳優になれるのか皆目検討もつきませんでした。

あ~どう

スカウトされるか、事務所にプロフィールを送ればいいのか?そもそも演技ってどうすればできるようになるのか?

何もかも分からない状態でした。

今思えばもっと調べてから俳優目指せよ!と自分でツッコみたくなりますが、若かったのでかなり勢いで始めた部分もあったのだと思います。

その時は熟考して選んだつもりではあったのですが・・・

1冊の本との出会い

あ~どう

とりあえず、本屋に行けば演技に関する本はあるはずだからまず演技の勉強から始めよう!

そんな感じで青葉台にあるブックファーストに行って演技に関する本を探しに行きます。なかなかしっくりする本がなかったのですが、その中で一つ読みやすく内容が腑に落ちる本に出会ったのです。

あ~どう

これ買ってみよう!

家に帰ってからその本を見てみると、自分が漠然とこんな感じかなぁと思っていた演技のやり方が論理的に説明してあったのです。

しかも本質的な気持ちの部分にアプローチしている内容だったので、これならどんな演技にでも応用することができると思いました。

更に本の中で筆者は、東京で毎週、演技指導をしていると記述があったのです。

「もし興味があれば、足を運んでみてください」とURLも記載があったので私は早速そのワークショップ(演技レッスン)に通うことにしました。

あ~どう

これが私の俳優人生の第一歩。

演技に対して自信が持てるようになった

初めて演技をした時は、身体が震えました。なにせ演技経験といったら中学の文化祭以来だったので。とにかく役になりきることだけを考えてやりました。

演技が終わってから毎回ダメ出しがあります。そこで筆者であった指導者から初めてのダメ出しの際、質問をされました。

指導者

君はどこかの劇団とかで演技をしていたのかな?

もちろん、中学の文化祭以来ないですと正直に答えました。

すると

君は将来絶対いい役者になるから途中で投げ出さずに真面目に続けていってください。

そう言ってもらえました。

かなり嬉しかったですし、その時の光景は15年位経つ今でも鮮明に覚えております。レッスンの帰りに親友に早速報告メールをしてました(笑)

5年間は鳴かず飛ばず

私は週二日、そのレッスンに通い続けることにしました。

その内にそのレッスンに通っている者たちで定期的に自主制作の舞台を行っている事を知り、参加することになります。更にそこは事務所機能もあり少人数ではありましたが、所属俳優もおりました。

私は数年そこでレッスンと舞台を経験した後に、その事務所に所属することにします。しかし舞台を中心に活動をするも鳴かず飛ばず状態。

オーディションの話すらも弱小事務所にはほとんど回ってこない状況でした。

震災直後にチャンスが降ってくる

5年が経過して震災に見舞われた直後、たまたま日本で募集していた中国の映画オーディションを受け見事合格!しかもメインキャラの一人!

まさか大学でやっていた中国語がここで活かさせれるようになるとは思っていなかった。中国での撮影をきっかけに現地の監督、映画主要メンバーと仲良くなることができたのです。

あ~どう

中国語やってて、よかった~

その後は活動の場を中国にシフト

ただ一方で帰国後、事務所の周りの人たちの掌返しの態度に嫌気が差し、事務所の人間と距離を置くようにもなりました。

映画の撮影の後は日本でもちょっとした役をドラマでもらえるようになりましたが、待遇面、環境面など中国とのあまりの差に愕然とし中国での活動一本に絞ることに。

以前出演した監督、俳優とのつながりで現在の事務所と契約することとなりました。

向こうは横のつながりをとても大切にしてくれるのでどんどん監督や俳優がつながりを与えてくれます。

俳優以外の経歴

今まで俳優一本で生活できたわけじゃありません。下積みをずっとしております。

下積みの副業
  • コールセンターでPC,周辺機器のサポートを(8年)
  • クレジットカード会社のVIP会員向けのコンシェルジュ(5年)
  • 銀行のカードローン申し込み~手続きのフォロー(半年)
  • IT企業での営業(現在)

現在日本人俳優の需要やなかなか就労ビザを取得することが難しいという関係で、日本を飛び出して滞在するということが難しく、撮影がある時に中国に行き、普段は日本で生活をしている日々を送っております。

2018年以降あらたに始めたこと
  • 株式投資
  • つみたてNISA
  • 仮想通貨
  • プログラミング
  • ブログ
  • 読書

そういう状況なので、中国で芸能の仕事がなくても生きていけるようにと、不労所得を目指し上記のことを始めてます。

名前の由来は?

ちなみに「あ~どう」は「劉備」の息子の名前から来ております。

中国の映画監督に

芸名に中国語名をつけてみたらどうだ?好きな歴史上の人物の名前にしてみたら?好きな人物いる?

と言われてなんとなく

あ~どう

う~ん、じゃあ孔子で!

と答えたら

ふざけるなw そういえば劉備が好きって前に言ってたからさすがに劉備は無理だけどその息子の阿斗(あ~どう)なら中国人はみんな知っているしそれにしてみたら?誰も芸名で使ってないしね

と言われたことから来ております。

どんな人物か詳しく知らないのですが(Wikipediaにはなんか馬鹿にされてるエピソードが・・・)なんとなく発音が好きで使うことにしました。

まだ中国では使っていませんが・・・

発信すること

俳優と下積み経験を活かし

  • 演技で必要なこと
  • 俳優生活で必要なこと
  • 俳優の裏事情
  • 副業の選び方
  • 住むべき地域
  • 投資
  • 生活に役立つこと
  • オススメの本
  • 中国語

俳優を目指す人、やり始めた人に向けて経験を発信していくブログです。

たまに関係のないことなども発信しますが、少しでも有益な情報を発信していけたらと思いますので、当ブログをどうぞよろしくおねがいします。

また、関連サイトのお気軽コンシェルジュではコンシェルジュ時代のスキルを活かしておすすめのレストランを中心に情報発信をしております。

もしよければのぞいてみてください。これからもどうぞ宜しくおねがいします!